研究活動について

北海道大学 大学院医学研究科・医学部

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研究活動について

 研究面では、遺伝子・分子の情報を癌の診断・層別化・治療効果予測・個別化治療に応用する研究を中心に行っています。現在、教室の主なテーマとしては、以下のようなものがあります。

1.
ドライバー遺伝子に対する分子標的治療による個別化治療の開発
2.
肺癌における転写因子AP-1をターゲットにした治療の基礎的研究
3.
肺癌や大腸癌における幹細胞マーカーの発現に関する研究
4.
肺癌幹細胞と薬剤感受性に関する研究
5.
肺癌、食道癌、胃癌における糖転移酵素(GnT-Vおよびα1,6-FT)の発現に関する研究
6.
ポリコーム遺伝子EZH2の非小細胞肺癌における発現と、その新規小分子阻害薬の治療効果に関する研究
7.
EGFR阻害薬耐性に関する研究
8.
ベンツピレンやシリカ暴露によるヒト気管支上皮細胞のトランスフォーメションと遺伝子発現に関する研究

また、北海道や全国の施設と共同で分子標的薬や抗がん薬の臨床試験に取り組み、新しいがん薬物療法の臨床開発に力を注いでいます。

2017年度に木下が「非小細胞肺癌のセクレトームを介する抗がん薬耐性化とJARID1a/b阻害による克服」の研究テーマで秋山記念生命科学進行財団の研究助成を受けました。秋山財団ではアウトリーチ活動が重要な事業として位置付けられています。以下に、一般市民や学生の方も対象に、本研究の目指すものをお伝えしたいと思います。

2002年に、肺癌で初めてがん遺伝子を標的にした分子標的薬(EGFR遺伝子阻害薬)が承認され、標的のがん遺伝子の塩基配列に変異のような傷のある腫瘍を持つ患者さんの余命が数年単位で延長することを、私達を含む複数のグループが報告しました(Maemondo, Kinoshita et al. N Engl J Med 2010)。がん細胞の遺伝子に変異があって、その治療薬が著効するがん遺伝子はドライバー遺伝子と呼ばれ、肺癌ではEGFR, ALK, ROS1を始めとし、次々とドライバー遺伝子が発見されてきました。しかしながら、ドライバー遺伝子を標的とした治療薬が著効した患者さんも、残念ながらほぼ全ての方が後に耐性となります。

 最近、肺癌を含む多くの悪性腫瘍は、強い抗がん薬抵抗性を示す少数の細胞集団であるがん幹細胞から生じてくることが示され、がん幹細胞を標的とした治療法の開発が期待されています。がん幹細胞-非がん幹細胞の間には可逆性があり、ゲノム(DNAの遺伝情報)には規定されず、可逆性のあるエピゲノム(塩基配列以外の遺伝情報)の制御を担うヒストンメチル化などが重要な役割を果たしている可能性があります。特に胚性幹細胞(ES細胞)の維持と分化誘導を制御するヒストンH3リジン27(H3K27)のメチル化およびH3K4の脱メチル化は、がん幹細胞の維持にも関わることが知られてきました。

 私達はH3K27メチル化酵素EZH2が肺癌でしばしば高発現し、肺癌患者さんの予後を悪くする因子であること(Kikuchi, Kinoshita et al., Cancer 2010)、EZH2阻害薬が肺癌細胞の増殖を抑制すること(Kikuchi, Kinoshita et al., Lung Cancer 2012)、その抗腫瘍効果はヒストンアセチル化酵素HDAC阻害薬との併用で増強すること(Takashina, Kinoshita et al., Cancer Sci 2016)を示してきました。

 一方、H3K4の脱メチル化酵素JARID1も肺癌で高発現していることが示されました。最近ドライバー遺伝子変異陽性の細胞に分子標的薬を高濃度で曝露した際、幹細胞マーカー陽性の耐性細胞が少数生き残り(drug-tolerant persisters; DTPs)、やがて新たな遺伝子変異を起こさずに増殖できるようになる(drug-tolerant expanded persisters; DTEPs)という現象が報告され(Sharma et al. Cell 2010)、JARID1によるH3K4の脱メチル化が主な役割を担っていることが示されました。私達はEGFR変異陽性肺癌細胞にEGFR阻害薬を曝露した際に、数%のDTPsが生き残り、H3K4me3の低下とJARID1の発現亢進を認めることを確認しました。さらに、最初のJARID1阻害薬として報告されたPBIT(Sayegh et al. J Biol Chem 2013)が、低濃度でDTPsのH3K4脱メチル化を解除し、DTEPs出現を抑制する実験結果を得ています。

 さらに、最近ドライバー遺伝子変異陽性細胞に分子標的薬を曝露した際に、分泌シグナル(セクレトーム)が変化し、抗がん薬耐性細胞の増殖・浸潤・転移能を促進するという現象が報告されました。私達は、JARID1がヒストン修飾による遺伝子制御によってセクレトームを変化させ、抗がん薬耐性化を誘導しているのではないかという仮説を立てました。本研究では、肺癌細胞における分子標的薬によるセクレトームの変化を確認し、変化したセクレトームを介した抗がん薬耐性化を評価する実験系を構築しました。この実験系を用いて、JARID1阻害薬による抗がん薬耐性化のメカニズムを検討しています。

 以上の結果は、エピゲノムを制御するという新たな手法が、肺癌の抗がん薬耐性に対する新たな治療戦略に繋がる可能性を示しています。がん治療で問題となる薬剤耐性化の克服を目指して、更なる解析を進めています。